「こんな商品がほしい!」を形にする不織布商品のお店です。
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店長日記
店長日記:231
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2009年05月04日
昨夕TVでメキシコのインフルエンザの顛末をやっていました。途中から見たので間違っているかもしれませんが、識者の言う<弱毒性>云々は怪しいようです。
対抗手段となる抗体を身体が備えてないとすると弱毒性でも重大脅威となるのは必至です。岩波ブックレット№682に1918年に大流行したスペイン風邪の末裔がAソ連型という意味のことが書いてありました。人類は未曾有の危機をこうして乗り越えてきたのです。
弱毒性に安心せず、必要以上に怖がらず冷静に対処しましょう。
当店の『水マスク』の引き合いが活発です。
残念ながら『水マスク』は在庫限りで終了させて頂きます。個人の技術士事務所の企画製造ではコストが高くつきすぎて安価に提供できないためです。
巷ではマスクが売り切れ状態になっているところが多いとのこと。
マスクが店頭から消えたときの対処法を後日UPしますから安心してください。簡単にできる自作マスクの作り方です。
この自作マスクに開発中の吸放湿シートを付ければノドの保護は充分です。
抗菌マスクも抗ウィルスマスクも高性能マスクも不要です。
次回もマスクの話です。
2009年05月02日
8チャンネルのニュースフカ読みで青山氏が<本当に怖いのはH5N1の強毒性タイプだ。既にインドネシアの豚から、このウィルスが発見されている>とのこと。その通りだと思います。しかしその後がいけない。やれ日本製のインフルエンザ対策マスクを買えの2枚3枚重ねろ、マスクを外す時は表面を触らないように紐部分だけを持ってビニール袋に入れろなどと寝とぼけたことを。
インフルエンザのような変異しやすいウィルスにワクチンという対策があまり有効でないのと同様、マスクでウィルスをシャットアウトするなんて土台無理なのです。
青山氏の言うようにマスク表面に触れることができないほどにウィルスが蔓延していたらもう諦めて下さい。どんな対策をとっても無駄です。マスクを外して息をしたとたんに感染する状況ですから。
くだらない脅し文句を言うのではなく。言わねばならないのはパンデミック発生となると厚労省のいう対策がうまくいったとしても数十万人の死者が出るのです。
そんな時にわが身だけは病気の側に立たない感染しないようにするには。
本当のところは神頼みしかないのですが、わずかばかりの役に立つ対策は

外出時はマスクの着用(安価なものでよいのです)
帰宅したら先ず着替え
手洗い、うがい、洗顔(手を洗うのと同じだけ洗顔も必要です)
爪の間、手首までもという丁寧な洗い方もいいですが、それよりチョットの間出ただけという時にも洗う。このように回数を増やすことが重要です。
水分補給を充分に
睡眠休養も大事です。
栄養補給は普通に生活しているならそれほど気にしなくても(続く)
2009年04月30日
長らく店長日記の更新をサボっていました。
大腸がんの切除手術の後、免疫力が落ちているためらしく3月に一週間帯状疱疹で再び入院しました。このため現在は抗がん剤の服用を中止しています。
巷ではメキシコ発の新型インフルエンザで大騒動ですが、こんなちっぽけな技術士の店にも海外から水マスクの問い合わせが入っています。

1986年にデュポンのスパンレース不織布(ソンタラ)とチバガイギーの抗菌剤イルガサンDP300を利用して抗菌不織布マスクを上市しました。
これが一番最初の抗菌マスクです。なぜなら新発売して間もなく都庁の保健課に呼び出され、押し問答の末都庁では話がつかず、厚生省薬務指導課と半年にわたって薬事法違反だと責められ続けましたから。薬事法違反の嫌疑が晴れ、大手を振って拡販しようとした矢先に、さすが資本主義の世の中、不織布バカの親会社が大手の衛材メーカ組んで勝手に抗菌マスクを発売、哀れ子会社の開発品は細々と継続と言う状態です。

愚痴はこれくらいにして
メディアではガーゼマスクよりも目の細かい不織布マスクの着用を勧めていますが、インフルエンザ対策にはガーゼマスクで充分です。WHOも感染症専門家も何も分かっちゃいないのです。(続く)
2008年11月01日
夕べ主治医の先生から詳しく話を聞くことが出来ました。
ステージ3~4の進行がんと勝手に解釈していましたが、ステージ2ということでした。病巣は大きかったのですが、大腸の一番外側の漿膜にかろうじて止まっており、病巣周辺のリンパ節1群や2群への転移は無かったとのことです。病巣部の病理検査では高分化細胞と中分化細胞で、未分化細胞や低分化細胞は見つからなかった。しかし血液中に散らばっている可能性がゼロではないので、退院後の抗がん剤服用と定期的なCTスキャン等のチェックが必要。
手術前の説明も、麻酔についての説明も、術後の説明も懇切丁寧です。
十数年前、大学病院で教授の回診に出くわしたことがありましたが、研修医や学生をぞろぞろ引き連れて儀式のようなものでした。ここでは主治医の先生と研修医と看護士、主治医の先生から研修医の先生にかなり厳しい質問が飛ぶ、後進の教育にも随分力を入れているように思いました。
難点がひとつ、ベッド脇の冷蔵庫が入っている木製のテーブルの扉、バネの力が強すぎて閉まるときに『バタン』とものすごく大きい音がします。健常者でもビックリするような音です。病人にはかなり応えます。
2008年10月30日
今朝から常食に戻りました。粒のあるご飯っておかずが無くても美味しいものだったのだなという感想です。
入院したのは草津総合病院、現在地に建て替えて4年ほどだそうです。玄関の受付ロビーが大きくてホテルとまでは行きませんがかなり立派なものです。廊下も広く病棟の看護士さんもみな若く、病院の陰気臭さがありません。若い看護士さんばっかりの集まりだからたまにゲラゲラと大きな笑い声が、耳障りなときもありますが、華やいだ雰囲気がややもすればふさぎこんでしまいそうな患者を元気付ける効果もありそうです。差額ベッド料の要らない大部屋(4人部屋)に入りました。たまたま端っこの変形した部屋で、通常の病室よりもかなり大きく眺望も最高。医療器械設計会社を経営する友人から気持ち良く入院できる病院として聞いていましたがそのとおりでした。
2008年10月29日
昨日は政治的なことを書きましたが、今日からは元に戻って
手術を受ける前から少し風邪気味だったのです。2日ほど前から咳込みがひどくなりました。手術直後だったら大変なことになっただろうと思います。今はヘルニアの手術跡に響きはするものの耐えられないほどではありません。大腸がんの手術跡は痒いだけで咳をしても響かなくなりました。本当に感謝感謝
夕べというか、今朝未明の2時ごろトイレに起きたついでに≪おやすみマフラー≫をしました。寒かったのではなく咳込みがなくならないかと、すると少し暑苦しい感じはしますがすこぶる快調、咳き込みの頻度が激減。≪おやすみマフラー≫は冷え性の方の安眠用に開発したものですが、喉の保護として咳き込み対策になることが分かりました。
今5時15分、目覚めてしまったため、まだ外は暗い早朝に書いています。ベッドで使用しているPCはインターネット環境に無いので、USBメモリーに保存、自宅へ持ち帰って『技術士の店』にupしてもらっているため画面に現れるには少し遅くなります。
昨日で点滴も終了。点滴チューブが外れたため、今日手術後初めて風呂に入る予定です。手術の傷口を濡らさない工夫が要るなと考えていたら、研修医の先生からゴシゴシ擦るのはよくないが、シャワーで洗い流したほうが良いとのこと。最近の治療方針は<消毒・ガーゼ交換>の繰り返しを避けてできるだけ消毒を少なく、傷口は洗うということだそうです。そういえば二十数年前、バンドエイドのガーゼパッドを不織布と穴あきフィルムに置き換える開発をしていたときに、J&Jの技術者が今は傷口の浸出液や膿を吸い取って乾燥させるやり方が主流だけれど、いずれ消毒・ガーゼ交換・乾燥というやり方は時代遅れになるといっていたのを思い出しましました。消毒せずに傷口をラップで密閉して浸出液で治す湿潤療法というのだそうです。
さて、石ケンをつけてゴシゴシやるわけに行かず、傷口をキレイに洗い流すには、そうだそうだ、還元性アルカリイオン水があった。先日ベッドの上のシャンプー剤としての効果を確かめたばかりではないか。腹部以外は石ケンをつけて美肌クロスで擦り、腹部は還元性アルカリイオン水をスプレーしてシャワーで洗い流してやろう。
と、ここまで書いてきたら少々お疲れの様子、もう一眠りします。
久しぶりに頭からシャワーを浴びて、腹部を除いて全身ゴシゴシ、気持ちよかった。
腹部にはアルカリイオン水をスプレー、こちらの方はサッパリした感覚はありませんが、きれいになったのだと思います。なんと言っても擦らずに茶渋や手垢がものの見事に取れる不織布バカがほれ込んだ洗浄水なんだから。
2008年10月28日
退院の日が決まりました。11月1日術後16日です。9時から始まって脱腸の手術とあわせて8時間の大手術でしたが腹腔鏡手術のみで大きな開腹をしなかったため18日間の入院で済みました。病院の方々やご迷惑、ご心配をお掛けした方々に感謝とお詫び申し上げます。
ベッドの上でやることがなく、TVをつけると株の暴落、急激な円高のため天地がひっくり返ったような大騒ぎです。でもそんなに大騒ぎすることなのでしょうか。不織布バカのような資産を持たない者にとって株の暴落なんて対岸の火事、わずかばかりの社員持ち株を持って繊維メーカを早期退社、今の株価は購入価格より大幅にダウンして損しているのですが、現金化しなければ株数はそのままだし余り大騒ぎすることではないと思います。公的資金の投入なんてとんでもないことです。小泉竹中路線により経済=Money Gameとして家賃が100万円を超える何とかヒルズに棲む村上やホリエモンを輩出(排出と書きたいところ)して最大のテロリストブッシュに盲従、こういった咎の責めを負うべき時が来たのです。経営責任を問うと銀行が公的資金の申請をしなくなるから経営者の責任は問わないとか。大企業経営者に対してはなんと大甘なのでしょう。中小企業や零細企業の経営者は全てのことを自己判断して、もっともっと理不尽なことの責任をとらされて息の根を止められているのです。円高もそうです。庶民にとって円高はありがたい。純粋に物作りをする者にも原料安となります。輸出品で生計を立てている一部の産地の方には申し訳ないが、大企業の輸出が翳っても遠いところのお話です。だってそうでしょう。イザナギを越える最長の好景気の間、いったい庶民にどんな良いことがあったでしょう。給料は下がり税金は上がり、納めた年金は社保庁という犯罪者集団に掠め取られ、不織布バカのような団塊の世代が納めた膨大な納入金により今現在は国庫が一番潤っているはずのときなのに財政難・財政難口を開けば財政難と政治家や役人は今まで何をやっていたのだ。
都合が悪くなると即座に投げ出すような総裁を戴く自民党に政治の空白云々を平気で口にする資格があるのか。2度あることは3度ある、麻生政権も都合が悪くなるといつ投げ出すか分かったものじゃない。過去には国家が戦争をしている非常時でも総選挙は行われているのです。総選挙での信任を得て初めてマツリゴトが成り立つのです。ただし公明党が主張する早期解散には賛同しません。
2008年10月27日
7部粥食という名前ですが、今朝初めて5枚切りの食パンにオレンジマーマレードをつけて食べました。口で咀嚼できることのありがたみを再認識。
2008年10月26日
朝から微熱が続き、本を読むのもTVを見るのも億劫。一日中ベッドの上で過ごしました。これを書いているのも翌日の27日になってからです。
若い頃は38℃の熱があっても平気で出勤したり出張にもでたり、熱には強いと思っていたのですが、還暦を過ぎると体調も変わっており、37.5℃の微熱でもうフウフウ言っている状態です。平熱も下がっているようでひょっとしたら平熱は36℃を下回っているのかもしれません。
このまま順調に回復すれば月末には退院できそうです
2008年10月25日
今朝から五分粥食、家で作る普通のお粥に似てきました。
昨日見舞いに来てくれた末娘(社会福祉士、介護士のたまご)に洗髪と全身の清拭をしてもらってスッキリ。おい実習せよと強制したのです。学生実習でそこそこの経験があるためかテキパキと上手くこなしていました。高3の時に社会福祉学科を受けると言い出し今に至ったわけですが、卒業前に親父が患者第一号になろうとは。
一日一日良くなっていくのは実感しているのですが、少し無理をすると微熱が出、術部が化膿してきたのではないかと心配し、調子のいいときには明日にも退院できそうなことを考え、点滴が入りにくくなって腕が痛くなるともっともっと悪くなるのではないかと、振幅の激しさにわれながら驚いています。
2008年10月24日
昨朝より重湯の食事を摂り始めました。えらいもので口から食事を摂ると翌朝便となって出てきます。今朝からは三分粥、昼前に腹水を採るために腹部に突き刺さっていたドレンパイプを除去。なんと腹の中に20cm以上も入っていました。抜き出すときの変な感覚と抜いた後の穴から空気が出るのか逆に入るのか傷口の少し中のほうでブクブクゴロゴロと大きな音がします。左手に点滴、右腹にドレンパイプと液溜め袋の不自由な形が点滴だけになり随分と楽になりました。36.0~37.5℃あたりをうろついていた微熱も治まり、今日は頭もしっかりしてきたようです。
手術の後、普通のパンツをはいていたのですが、これが非常に痛い。普段ならなんとも思わないゴムの縛りがきつすぎるのです。思い余って褌(ふんどし)を買ってきてもらいました。褌の経験はなかったのですが、小学生の頃もう50年以上前のことです。周囲の大人たちの間にはまだかなり褌が残っていたので着け方はわかります。
褌をつけるとその通気性の良さにビックリ、パンツのようにいい加減な着用の仕方をしてもそこそこさまになるのと違い、腰紐を通して折り返し、きちっとしないとだめなので気分が改まります。それと褌を2重にして間に吸収体を挟むと立派な失禁用下穿きになることが分かりました。軽失禁には最適です。男子の尊厳を保ったままの失禁パンツです。吸収体はトイレットペーパでも良く、経済的です。退院したら早速テクノファブリカ式クラシックパンツならぬフューチャーパンツを開発しようと思います。
2008年10月23日
昨日の回診で腸の動きが鈍い、もっと歩く練習をと言われました。
若い研修医の先生の話によると、術後の大腸のX線撮影で短くなった大腸の始まりのほうに薄く水が溜まっている映像が見られるとのこと。大腸の水分吸収能が回復していないためらしいです。
手術の前日以来入浴していないため頭が痒い。ブラッシングしても鏡に映る頭はフケだらけ。果物生野菜専用のアルカリイオン洗浄水をスプレーしてブラッシングするとフケも見えず痒みも解消しました。アルカリイオン洗浄水はベッドの上のシャンプー剤としてネット販売しようかと企画したこともあり、効果を自分で検証した形です。

2008年10月22日
深夜に取り替えた点滴が朝6時ごろ無くなり、交換までに一時間半ほどの間があったため血液が逆流、針の中で固まったらしく新しい輸液に替えても滴下せず。四苦八苦しているうちに接続部が外れて看護士さん(どうもこの言葉にはなじめない。看護婦さんのほうが良い)の白衣や顔に輸液と血の混じったものが飛び散りました。
夜勤と日勤の看護士さんが交代して新しい看護士さんが別の腕に新たな点滴を、ところが注射針を差し込むのに一苦労、2度刺し替えてようやく完了。だけどこいつは患者も大迷惑、痛いし、時間はかかるし、中には一発でサッサーと済ます看護士さんもいるんだけど。
2008年10月21日
脱腸の手術も同時に受けたので、腹部には6箇所の傷口があります。小さな傷口の3箇所を抜糸しました。臓器を取り出した穴とヘルニアを抑えるためにポリプロのメッシュを挿入した大きな穴は1~2本おきに1本を抜糸、腹水取り出しのパイプがつながった穴はガーゼ交換のみ。
文庫本は1.5冊/日のペースです。
2008年10月19日
ステージ3~4の進行がんだったようです。幸いにも他臓器への遠隔転移がなく、リンパ節転移も病巣近傍のみで遠いリンパ節への転移がなかったため腹腔鏡手術のみで済みました。
上行結腸全部と横行結腸半分、回腸(小腸)の一部と病巣周囲のリンパ節を切除しました。メタボの影響もあって取り出した臓器は3~4kgもあったそうです。昨日(10/18)から尿道カテーテルを取ってトイレに行くようになりましたがこれが又大仕事、ベッドから立ち上がるまでに座るのに痛みをこらえて一苦労、ともかく姿勢を変えることが大変なのです。寝返りを打つのも痛いし、そのままの仰向け姿勢だと腰が痛い。やっとの思いで立ち上がり小用をすませましたが、座薬を入れてこの状態ですから、これが大の方だったら便器に腰掛けることも立ち上がることもできなかったとおもいます。
本日(10/19)は手術の傷の痛みはずいぶんよくなりましたが、腸の中をゴロゴロとガスが動くようになると今度は多分小腸と大腸を縫合したところだとおもうのですが、ここが猛烈に痛い。
日頃の健康管理をおろそかにしていた付けが今になって……しんどくなってきたので中断
2008年10月08日
10月16日に大腸を約1/2~1/3切除することに決まりました。
これからは店長日記が闘病日記となりそうです。
CTスキャン、PET、X線造影検査、超音波エコー検査と画像診断の進歩は目を見張るものがあります。しかし大腸を空っぽにするための下剤の副作用は一過性であってもかなり激しいものだとビックリ。PET検査後は全身の発赤と痒みに悩まされ、X線造影検査前日の下剤では夜10時ごろ服用後しばらくたつと腹部の膨満感と食道への胃酸の逆流でひどい胸焼け、手足末端の極端な冷えと一時間毎の水便を催して寝られず。午前4時頃になって漸く薬の影響が切れたのか身体が温まり、胸焼けもなくなって少しだけ睡眠をとりました。当日朝9時からのX線造影検査では直腸からバリウムと空気を入れられてこれまたかなりの苦痛です。大腸内視鏡のときはモニター画面を見ながら医師と会話できたのですが今回は医師の指示通りに身体を傾けたり移動するのに精一杯でモニター画面を眺めるどころではありませんでした。
今のところ大腸の原発病巣からの転移はないようですが、初期癌ではなくかなりの進行癌、PET検査では甲状腺に変な陰影があり、超音波エコー検査で甲状腺の近くで水が溜まっている。癌の転移ではないと思うが正確には細胞を取って病理検査しないとわからないとのこと。もうまな板の鯉状態ですが、闘病日記を続けていきます。
2008年10月03日
10/6(月)に手術前検査のCTスキャンとPET検査で要観察となった頸頭部の精密検査を受けます。造影用のヨード剤を注入してガンの位置を正確に突き止めて手術に入るためです。インフルエンザ関連では予防接種は無駄、高性能マスクも抗菌マスクも意味がないと偉そうにノタマッテいた不織布バカでしたが、もうまな板の鯉。なるようにしかならないでしょう。
日本繊維技術士センターから不織布の技術コンサルの依頼がありました。九州のクライアントです。手術直前ですが、できるだけのことはして差し上げようと思っています。
以前からパーソナル加湿器の開発を進めていましたが、先発のM社の勢いがすさまじく原反メーカがヒーヒー言う状況のようです。はなまるマーケット(TV)や朝日新聞の<技あり>コーナ等マスメディアに取り上げられて今冬は爆発的な売れ行きになりそうとのこと。
摘出手術がうまくいって復帰できたら業務用蒸発素子を応用した自作キットを発売します。
軟膏棒 知人から頼まれて技術士の店で取り上げましたが、いつの間にか在庫が少なくなって残り4本のみとなりました。
2008年09月30日
今年の定期健診で重度の貧血と指摘されました。骨髄での血液製造は正常らしいので、消化管のどこかで出血しているのではないかと胃と大腸の内視鏡検査を受けました。盲腸の4~5cm上の上行結腸に親指一本分大の腫瘍が見つかり大騒動に。
結果は悪性腫瘍
PET、CTスキャンいろいろと検査を受けて10月中旬に摘出手術と決まりました。CTスキャン造影剤の副作用か自宅に帰ってから全身に発疹が出て痒いの何の大変でしたが、翌日(店長日記をインプットしている今)は収まっています。
続きは多分明日
2008年07月30日
遅れに遅れていた不思議なテープの試作がようやく上がりました。
無償サンプルがあと10名ほどにご提供できそうです。ご希望の方は問い合わせメールで不思議なテープ希望と送信してください。その後個別にご返事させていただきますので、80円切手を貼付した返信用封筒を同封して送ってください。50mm×200mmのサンプルを送らせていただきます。
2008年06月27日
効く人も効かない人もいるようですが、慢性的な傷みの方には好評なようです。
不織布バカ店長の極身近なところではもひとつ評判が芳しくないのですが、????
試作品が7月10日頃にあがる予定です。
モニターを20名限り募集します。ページトップのお問い合わせを利用してメールアドレスを送ってください。返信メールでモニターをご依頼する方(先着20名)のみ80円切手を添付した返信用封筒をお送りいただければ試作テープ50cmと使用方法のリーフレットをお送りします。(使用後の感想は必ずメールしてください。

明日大阪で日本繊維技術士センター主催の<技術士一次試験受験対策講座>不織布の講義があります。浅学の身でありながら偉そうに講師を演じてきます。
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